アシュタヴィナーヤカとは?インドの8つのガネーシャ寺院の名前と巡る順、モールガオンから始まる巡礼とそれぞれの伝説や見どころを紹介

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ガネーシャのことを調べていると、「アシュタヴィナーヤカ」という少し長い言葉に出会うことがあります。インド西部のマハーラーシュトラ州にある、8つのガネーシャ寺院をまとめた呼び名です。名前は聞いたことがあっても、どんな寺院があり、どんな順番で巡るのかまでは、日本ではあまり紹介されていないかもしれません。

この記事では、アシュタヴィナーヤカの意味と8つの寺院の場所、巡る順番、それぞれの伝説と見どころを順に紹介します。資料によって数字や伝説が異なる点にも触れながら、順番に見ていきましょう。

目次

アシュタヴィナーヤカとは?

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まずは、アシュタヴィナーヤカという言葉の意味と、8つの寺院に共通する特徴を確認しておきます。言葉の成り立ちと像の特徴を知っておくと、後の寺院紹介も読みやすくなるでしょう。

「8人のガネーシャ」を意味する巡礼

英語版Wikipediaの解説によると、アシュタヴィナーヤカはサンスクリット語で「8人のガネーシャ」を意味する言葉です。「アシュタ」は8、「ヴィナーヤカ」はガネーシャの別名です。8つの寺院をまとめて呼ぶ名前であると同時に、その8つを巡る巡礼そのものを指す言葉としても使われています。

8つの寺院を巡る旅は「アシュタヴィナーヤカ・ヤートラー」と呼ばれるのです。ヤートラーは巡礼や旅を意味する言葉です。同じ解説では、8つの寺院はマハーラーシュトラ州のプネーの町を中心とした地域にあり、それぞれの寺院にガネーシャの異なる像がまつられていると説明されていました。

8つの寺院には、それぞれ独自の伝説と歴史があります。像の姿や鼻の向きも寺院ごとに違うと紹介されていて、同じガネーシャでも、8つの寺院を巡るとさまざまな表情に出会えるということです。マハーラーシュトラ州にはほかにも8つのガネーシャ寺院の組み合わせがあるものの、プネー周辺の8つがよく知られ、多くの人が訪れているとも書かれていました。

寺院が置かれている地域にも特徴があります。英語版Wikipediaによると、8つのうち5つはプネー県、2つはライガド県、1つはアフマドナガル県(現在のアヒリヤナガル県)にあります。プネー県に多くが集まっていることから、プネーを拠点に巡る人が多いのでしょう。

ガネーシャは、ほかの神々への礼拝を始める前に、最初に拝まれる神とされています。物事の始まりに障害を取り除く神として親しまれているガネーシャを、8つの寺院で順番に拝むという巡礼は、信仰のあつい人たちにとって特別な意味をもつのでしょう。

巡礼にかかる日数について、英語版Wikipediaは3日間で巡り終えるとしています。8つの寺院はプネーを囲むように広い範囲に散らばっているため、車やバスで移動しながら巡るのが一般的なようです。

また、巡礼には決まった終わり方があります。英語版Wikipediaによると、アシュタヴィナーヤカ・ヤートラーを終えるには、8つの寺院をすべて巡ったあとで、最初の寺院にもう一度参拝する必要があるそうです。始まりの寺院に戻ってくることで、ひとつの巡礼が完成するという考え方なのでしょう。

自然に現れた姿とされる8体の像

アシュタヴィナーヤカの像には、共通する大きな特徴があります。英語版Wikipediaによると、8つの寺院の像はすべて、サンスクリット語で「スヴァヤンブー」と呼ばれる像だとされています。人の手で彫られた像ではなく、自然に現れた、自ら存在する姿だと考えられているのです。

マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトでも、モールガオンの寺院の像を「自ら現れた(スヴァヤンブー)像」と紹介しています。マハドの寺院については、像が隣の池から見つかったと説明されていました。人が作ったものではなく、見つけ出されたものだという点が、それぞれの寺院の伝説とも深く結びついているように感じられます。

像の姿で注目されるのが、鼻の向きです。英語版Wikipediaによると、8体のうち鼻が右に向いているのはシッダテークの像だけで、ほかの多くは左向きと紹介されています。同じ解説では、右に鼻を向けたガネーシャは信者に対してとても厳しいとされる、という言い伝えも紹介されていました。

像の両脇に、リッディとシッディという2人の女神が置かれている寺院もあります。観光局の公式サイトでは、モールガオンやオーザルの像の両側にリッディとシッディが並んでいると説明しています。英語版Wikipediaでは、シッディは能力、リッディは知性を表すと書かれていました。

寺院の管理についても、少し触れておきます。英語版Wikipediaの「テーウルのチンターマニ寺院」の解説によると、テーウルの寺院は、モールガオンとシッダテークの寺院もあわせて管理するチンチワド・デーヴァスターン・トラストのもとにあるとされています。チンチワドは、ガネーシャを最高神としてあがめるガーナパティヤ派の聖者、モーリヤ・ゴーサーヴィーの故郷として知られる場所です。

同じ解説では、モーリヤ・ゴーサーヴィーがチンチワドとモールガオンを行き来する途中で、テーウルの寺院をたびたび訪れていたと紹介されていました。18世紀にはマラーター王国の宰相ペーシュワーの一族がガネーシャを家の守り神としてあがめ、テーウルやモールガオンなどの寺院に土地や資金を寄進したとも書かれています。

8体の像がどれも人の手によらない姿とされ、それぞれに異なる伝説があることを知っておくと、8つの寺院を一つひとつ見ていく楽しみが増えるのではないでしょうか。

8つの寺院はどこにある?巡る順番

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ここからは、8つの寺院の名前と場所、昔から決まっている巡る順番を確認していきます。あわせて、マハーラーシュトラ州観光局が案内しているプネーからの距離も見ておきましょう。

モールガオンから始まりモールガオンで終わる

英語版Wikipediaでは、8つの寺院を宗教上の順番で次のように並べています。1番目はプネー県モールガオンのマユレーシュワル寺院、2番目はアフマドナガル県シッダテークのシッディヴィナーヤカ寺院、3番目はライガド県パーリのバッラーレーシュワル寺院、4番目はライガド県マハドのヴァラダヴィナーヤカ寺院です。

続く5番目はプネー県テーウルのチンターマニ寺院、6番目はプネー県レーニャードリのギリジャートマジャ寺院、7番目はプネー県オーザルのヴィグネーシュワル寺院、8番目はプネー県ランジャンガオンのマハーガナパティ寺院です。それぞれの寺院は、地名とガネーシャの呼び名の両方で呼ばれることが多いので、どちらの名前も覚えておくと資料を読みやすくなるでしょう。

伝統的には、モールガオンのマユレーシュワル寺院が、巡礼者が最初に訪れる寺院とされています。英語版Wikipediaによると、モールガオン、シッダテーク、パーリ、マハド、テーウル、レーニャードリ、オーザル、ランジャンガオンの順に巡り、最後にもう一度モールガオンを訪れて巡礼を終えるのが決まりです。

マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトでも、モールガオンのマユレーシュワル寺院を、アシュタヴィナーヤカ巡礼の最初と最後に立ち寄る寺院として紹介しています。巡礼路の中で最も重要な寺院とされていて、ガネーシャ信仰の中心ともいえる存在です。

一方で、実際の巡礼では順番が入れ替わることもあります。英語版Wikipediaの「テーウルのチンターマニ寺院」の解説では、テーウルは本来5番目に訪れる寺院とされているものの、道順が便利なため、モールガオンの次の2番目に訪れる巡礼者が多いと紹介されていました。プネーから近いテーウルを先に回るほうが、移動の負担が軽くなるということでしょう。

観光局の公式サイトでは、モールガオンの寺院のページで、ランジャンガオンの寺院を巡礼の最後の寺院として紹介しています。ランジャンガオンはモールガオンから約50kmの場所にあるとされていて、8番目のランジャンガオンから最初のモールガオンへ戻ると、巡礼がひと回りしてつながる形になるわけです。

8つの寺院の順番には、それぞれの寺院の伝説が関係しているともいわれます。ただ、どの資料でも順番の理由がはっきり説明されているわけではありません。この記事では、まず決まった順番と、実際の巡り方には幅があることを押さえておきたいと思います。

プネーからの距離と行き方の目安

8つの寺院の場所は、プネーを中心に広い範囲に散らばっています。マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトに掲載されている距離をもとに、プネーからの目安を見ていきましょう。

モールガオンは、プネーから道路で約80kmです。最寄り駅はモールガオンから約17km離れたジェジュリー駅で、プネーのスワルゲート・バスターミナルとモールガオンの間には州営バスが定期的に運行していると案内されています。プネー国際空港からも約80kmの距離です。

シッダテークは、アフマドナガル県カルジャット郡のビーマー川のほとりにあり、プネーから約200kmと紹介されています。最寄りのバス停は寺院の1kmほど手前のシラプールで、鉄道では19km離れたダウンド・ジャンクション駅が最も近い駅です。8つのうちでも、プネーから遠い寺院のひとつといえます。

レーニャードリは、プネーから96km、ジュンナルの町からはわずか5kmの場所にあります。プネーとナーシクを結ぶ国道60号線を通るのが便利なルートだと案内されていました。オーザルはナーラーヤンガオンから9kmで、プネーからは約85km、ムンバイからは約182kmです。レーニャードリとオーザルは約15kmしか離れていないので、1日で両方を訪れる巡礼者も多いと紹介されていました。

ランジャンガオンは、プネーとアフマドナガルを結ぶ幹線道路沿いにあり、プネーから約50kmです。テーウルについて、英語版Wikipediaはプネーから25kmほどとしていて、ハヴェリー郡のビーマー川とムラー・ムター川の合流点近くにあると説明しています。プネーから最も近い寺院のひとつです。

ライガド県のパーリとマハドは、プネーから西へ、西ガーツ山脈を越えた側にあります。英語版Wikipediaでは、マハドの寺院はムンバイとプネーを結ぶ幹線道路から3kmほどのコーポリの近くにあり、8つのうちムンバイに最も近いと紹介されていました。

こうして見ると、8つの寺院はプネーを囲むように、東西南北に散らばっていることが分かります。日本から訪ねる場合は、プネーを拠点にして、車やバスを手配しながら数日かけて巡る旅になりそうです。距離や交通は変わることがあるので、出かける前には現地の最新情報を確かめておきましょう。

8つの寺院の伝説と見どころ

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ここからは、巡る順番に沿って、8つの寺院の伝説と見どころを2つずつ紹介していきます。どの寺院にも、ガネーシャがその地に現れた理由を語る伝説が伝わっています。

モールガオンとシッダテーク

1番目のモールガオンにあるマユレーシュワル寺院は、マハーラーシュトラ州観光局が、アシュタヴィナーヤカ巡礼路で最も重要な寺院と紹介している場所です。寺院は黒い玄武岩で造られていて、星の形をした独特の設計が特徴とされています。寺院の四方には4本の塔が立ち、聖域の屋根には8つの方角を守る神々、アシュタディクパーラの彫刻が施されていると説明されていました。

観光局の公式サイトによると、ガネーシャはこの地で、壮麗なクジャクに乗ったマユレーシュワルの姿をとり、強大な悪魔シンドゥを倒したと伝えられています。モールガオンという地名も、クジャクを意味する「モーラ」という言葉に由来し、かつてこの地域に多くのクジャクがいたためだと書かれていました。

ガネーシャの寺院なのに、シヴァ神の乗り物である牛のナンディの像があることも、この寺院の珍しい点です。ナンディはふつうシヴァの寺院に置かれるもので、観光局はガネーシャとシヴァの深いつながりを表すと紹介しています。英語版Wikipediaには、シヴァの寺院へ運ぶ途中で車が壊れ、像を動かせなくなったという言い伝えも紹介されていました。

聖域の像は東を向いて座り、両脇にはリッディとシッディの像が並んでいます。英語版Wikipediaでは、今拝まれている像は元の像ではなく、元の小さな像は銅の板で包まれて、今の像の後ろに置かれているという言い伝えも紹介されていました。

2番目のシッダテークの寺院は、ビーマー川のほとりにあります。観光局の公式サイトによると、ヴィシュヌ神は悪魔マドゥとカイタバとの戦いに勝てずにいましたが、戦いの前にガネーシャを拝んでいなかったことを、シヴァ神に指摘されたのでした。そこでヴィシュヌはこの地で厳しい修行を行い、ガネーシャの加護を得て悪魔を倒したと伝えられています。

今の建物は、インドール王国の王妃アヒリヤーバーイー・ホールカルに負うところが大きいと紹介されていました。彼女はインド各地で寺院の修復に力を尽くしたことで知られる人物です。寺院は黒い石で造られ、北を向いて建っています。

シッダテークには、寺院が建つ丘全体を回る「プラダクシナー」という独特の習慣があります。観光局によると、とげのある低木が茂る未舗装の道で楽ではないものの、巡礼者は強い思いで歩いて回るそうです。英語版Wikipediaでは、ふつうの速さで歩くと30分ほどかかると紹介されていました。8体のうち唯一、鼻が右を向いた像がまつられていることも、この寺院の大きな特徴です。

パーリとマハド

3番目のパーリにあるバッラーレーシュワル寺院は、8つの中でただ1つ、神さまではなく信者の名前がつけられた寺院です。マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトでは、ガネーシャとその熱心な信者バッラールとの深い結びつきを表す寺院として紹介されていました。

伝説によると、パーリの村に住む少年バッラールは、ガネーシャを深く敬い、友達を集めては祈りをささげていました。しかし、村人や父親のカリヤーンはそれを快く思わず、父親は祈りの場を壊し、怒りのあまりバッラールを木に縛りつけてしまいます。それでもバッラールはガネーシャの名を唱え続け、心を動かされたガネーシャが聖者の姿で現れて、彼を解き放ったと伝えられています。

バッラールは、ガネーシャにいつまでもパーリにとどまってほしいと願いました。その願いを聞き入れたガネーシャがこの地にとどまり、「バッラールの主」を意味するバッラーレーシュワルとして拝まれるようになったそうです。参拝者は本堂に入る前に、バッラールたちが拝んでいた石だと信じられているドゥンディ・ヴィナーヤカをまず訪れるのが習わしとされています。

建物について、観光局は、最初の木造の寺院は11世紀に建てられ、1760年に石造りに建て替えられたと説明しています。石造りの寺院は聖なる文字「シュリー」の形に設計され、強度を高めるために鉛を混ぜて造られたそうです。東を向いて建てられ、朝日が最初に像を照らすように配置されています。本堂は長さ40フィート、幅20フィートで、糸杉のような彫刻が施された8本の柱が並び、像の目とへそにはダイヤモンドがはめ込まれていると紹介されていました。

4番目のマハドにあるヴァラダヴィナーヤカ寺院は、飾り気の少ない静かなたたずまいが魅力だと観光局は紹介しています。「ヴァラダ」は恵み、「ヴィナーヤカ」はガネーシャを意味し、願いをかなえる場所として信じられているそうです。伝説では、王子ルクマーンガダが聖者グリツァマダから強いガネーシャのマントラを授かり、それがヴァラダヴィナーヤカの出現につながったとされています。

観光局によると、聖域には隣の池から見つかった、自ら現れたとされる像がまつられています。高さ25フィートのドームにはコブラの彫刻が施され、1892年から絶えずともり続けている「ナンダディープ」という油の灯明があることも特徴です。

さらに珍しいのは、参拝者が像に直接触れ、アビシェーカ(像を清める儀式)を行えることです。多くの寺院では僧侶だけが儀式を行いますが、この寺院では参拝者にその機会があると観光局は紹介しています。英語版Wikipediaでも、8つのうち参拝者が像のすぐそばで祈ることを許されている唯一の寺院だと書かれていました。

テーウルとレーニャードリ

5番目のテーウルにあるチンターマニ寺院は、英語版Wikipediaで、アシュタヴィナーヤカの中でも「大きく、有名なもののひとつ」と紹介される寺院です。プネーから25kmほどの場所にあり、ビーマー川とムラー・ムター川が合流する地点の近くに建っています。

寺院の言い伝えでは、強欲な王ガナが、聖者カピラから願いをかなえる宝石「チンターマニ」を奪い、ガネーシャがそれを取り戻したとされています。英語版Wikipediaによると、取り戻した宝石をカピラがガネーシャの首にかけたことから、チンターマニ・ヴィナーヤカと呼ばれるようになったそうです。

別の伝説も紹介されています。創造神ブラフマーがこの地で瞑想した際、落ち着かない心がガネーシャの加護によって安定したという話です。テーウルという地名は、「安定した」を意味するサンスクリット語の「スターヴァル」に由来し、ブラフマーの心配ごと(チンター)を取り除いたことから、チンターマニと呼ばれるようになったという説明もありました。

寺院の正門は北にあり、寺院の規模に比べると小さめですが、中心の像は東を向いています。ペーシュワーのマーダヴラーオ1世が建てた木造の集会堂があり、その中には黒い石の噴水もあると紹介されていました。お祭りとしては、バードラパダ月の1日から7日にかけて、ガネーシャ・チャトゥルティーに当たる祭りが行われるそうです。

6番目のレーニャードリにあるギリジャートマジャ寺院は、8つの中でも特に変わった場所にあります。マハーラーシュトラ州観光局によると、この寺院は古い仏教の石窟群の中にあり、1世紀から3世紀ごろに造られた仏教の僧院(ヴィハーラ)が、のちにガネーシャの寺院になったと考えられています。英語版Wikipediaでは、8つのうち山の上にあり、仏教の石窟の中にある唯一の寺院だと紹介されていました。

ギリジャートマジャとは、「ギリジャー(パールヴァティー)の息子」という意味です。観光局によると、女神パールヴァティーがこの石窟でガネーシャを息子として授かるために厳しい修行を行い、ガネーシャがここに現れたと伝えられています。そのため、8つの中でただ1つ、ガネーシャが子どもの姿で拝まれる寺院だと紹介されていました。

英語版Wikipediaによると、ガネーシャの寺院になっているのは第7窟で、ジュンナル周辺で最も大きな石窟です。もとは僧侶が暮らすヴィハーラで、柱のない広間の奥にある2つの部屋をつなげて、ガネーシャの像がまつられています。広間は長さ17.37m、幅15.54m、高さ3.38mで、石窟群はインド考古調査局の管理下にあるとされていました。昼間は日の光が聖域全体を照らすように造られていると観光局は紹介しています。

オーザルとランジャンガオン

7番目のオーザルにあるヴィグネーシュワル寺院は、金色に輝くドームで知られています。マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトによると、今の建物は、ペーシュワーのバージーラーオ1世の弟で軍の指揮官でもあったチマージー・アッパーによって大きく改修されました。ヴァサイ砦でポルトガル軍に勝利したあと、感謝のしるしとしてドームを金で飾ったと伝えられています。

寺院の伝説は、悪魔ヴィグナースラにまつわるものです。観光局によると、ヴィグナースラは神聖な儀式を妨げ、聖者たちを苦しめていました。ガネーシャは彼と戦って打ち負かし、過ちに気づいた悪魔は許しを請います。最後の願いとして、自分の名前をいつまでもガネーシャと結びつけてほしいと頼んだことから、ガネーシャは「障害を取り除く主」を意味するヴィグネーシュワルという名で呼ばれるようになったそうです。

見どころとして観光局が挙げているのは、精巧な彫刻が施された石の柱が並ぶ入口です。聖域には鼻を左に向けたガネーシャの像がまつられ、両脇には真ちゅうで作られたシッディとリッディの像が置かれています。境内にはディープマーラーと呼ばれる灯明の塔がいくつも立ち、祭りの夜に明かりがともされると、寺院が幻想的な姿に変わると紹介されていました。壁や天井には、ガネーシャの物語を描いた壁画もあります。

英語版Wikipediaによると、寺院はクークディー川のほとりにあり、四方を高い石の壁に囲まれています。この壁の上を歩くこともできると紹介されていました。

8番目のランジャンガオンにあるマハーガナパティ寺院は、ガネーシャの最も力強い姿とされるマハーガナパティをまつる寺院です。観光局によると、寺院の歴史は9世紀から10世紀にさかのぼり、聖域はペーシュワーのマーダヴラーオによって整えられたと考えられています。その後、マルハールラーオ・ホールカルやマハーダジー・シンデーの支援で石の建物が加えられ、インドールのサルダール・キベーが木造の広間を建てたとも紹介されています。

伝説では、悪魔トリプラースラがシヴァ神から恵みを授かって無敵となり、天と地を苦しめていました。シヴァは戦いに向かう前に、ガネーシャを拝んでいなかったことに気づき、修行をしてガネーシャの加護を求めました。その加護によってトリプラースラを倒したシヴァが、感謝のしるしとして瞑想した場所にガネーシャの像をまつったのが、この寺院だと伝えられています。

寺院の入口は東を向いていて、朝日が直接像に当たるように設計されているのが特徴です。像は額が広く、鼻は左を向いています。今の像の下に元の像が隠されているという言い伝えもありますが、英語版Wikipediaでは、寺院側はそのような像の存在を否定していると書かれていました。観光局によると、毎月のサンカシュティ・チャトゥルティーにも多くの参拝者が集まり、断食をしながらマハーガナパティの加護を祈るそうです。

訪ねる前に知っておきたいこと

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最後に、8つの寺院を訪ねたり、資料を読んだりするときに知っておきたい点を整理しておきます。お祭りの時期と、資料ごとの違いの2つに分けて見ていきます。

祭りの時期は特ににぎわう

アシュタヴィナーヤカの寺院が最もにぎわうのは、ガネーシャのお祭りの時期です。マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトでは、多くの寺院で、ガネーシャの誕生を祝うガネーシャ・チャトゥルティーが最大のお祭りとして紹介されています。バードラパダ月にあたり、太陽暦ではおおむね8月から9月です。

もうひとつの大きなお祭りが、ガネーシャ・ジャヤンティーです。観光局によると、マーガ月(おおむね1月から2月)に行われ、ガネーシャの再生を祝うお祭りとされています。シッダテークの寺院では、この時期に3日間にわたって、ガネーシャの像を乗せたパルキー(輿)の行列が行われると紹介されていました。

寺院ごとの祭りもあります。パーリの寺院では、バードラパダ月の「バードラパダ・ウトサヴ」が数日間続き、毎日の行列や祈りの歌、共同の食事で人々が集まるそうです。マーガ月には「マーギー・ウトサヴ」が行われ、儀式や文化行事が催されると観光局は紹介しています。

英語版Wikipediaの「テーウルのチンターマニ寺院」の解説によると、テーウルではバードラパダ月の1日から7日にかけて「ガネーシャ・プラカトーツァヴ」が行われ、その4日目がガネーシャ・チャトゥルティーにあたります。祭りにあわせて市も立つそうです。マーガ月の4日目のガネーシャ・ジャヤンティーには、「マーゴーツァヴ」という祭りも行われると書かれていました。

毎月のお参りの日もあります。観光局のランジャンガオンの寺院のページでは、月に一度巡ってくるサンカシュティ・チャトゥルティーの日に、多くの参拝者が断食をしながら寺院に集まると紹介されていました。

お祭りの時期は、寺院が花や灯明で美しく飾られ、祈りの歌や太鼓の音に包まれます。その一方で、参拝者がとても多くなる時期でもあります。英語版Wikipediaのレーニャードリの解説でも、ガネーシャ・ジャヤンティーとガネーシャ・チャトゥルティーの時期には、アシュタヴィナーヤカのすべての寺院に巡礼者が押し寄せると書かれていました。

にぎやかなお祭りの雰囲気を味わいたい人にはよい時期ですが、落ち着いて参拝したい人や、初めてインドを旅する人は、混雑を避けた時期を選ぶのもひとつの方法です。お祭りの日付はインドの暦によって毎年変わるので、出かける年の日程を事前に確かめておきましょう。

資料によって数字や伝説が違う

アシュタヴィナーヤカについて調べていると、資料によって数字や説明が違うことに気づきます。代表的なのが、レーニャードリの石段の数です。マハーラーシュトラ州観光局の公式サイトでは、寺院へは307段の石段を上ると紹介しています。一方、英語版Wikipediaでは、プネー県の資料などをもとに、8つの踊り場をはさむ283段の石段が入口へ続くと書かれていました。

距離にも違いがあります。モールガオンについて、観光局はプネーから約80kmとしていますが、英語版Wikipediaの解説ではプネーから55kmほどと書かれています。どの道を通るか、どこを起点に測るかによって数字が変わることもあるので、あくまで目安として受け止めるのがよいでしょう。

建てた人物についても、説明が分かれることがあります。マハドの寺院について、観光局は18世紀にマラーター王国の貴族ラーノージー・シンデーによって建てられたと紹介しています。これに対して、英語版Wikipediaでは、1725年に当時のカリヤーンの地方長官ラームジー・マハーデーヴ・ビワルカルが寺院を建てたと書かれていて、像が池から見つかったのは1690年とされていました。

伝説の細部も、資料ごとに少しずつ異なります。たとえば、ランジャンガオンの伝説について、英語版Wikipediaは、南インドではシヴァがガネーシャを拝まずに出陣したため、戦車の車軸が壊れたという別の形で知られていると紹介していました。同じ神話でも、地域や時代によって語られ方が変わるのは、ガネーシャの物語ではよくあることです。

英語版Wikipediaのアシュタヴィナーヤカの記事には、出典の追加を求める注記がついている部分もあります。観光局の紹介は旅の案内として書かれているため、信仰の言い伝えと歴史の説明がひとつの文章の中に混ざっていることもあるでしょう。どちらが正しいと決めつけるよりも、出典ごとに読み分けながら楽しむ姿勢が大切です。

実際に訪ねる人にとっては、交通や開門時間など、変わりやすい情報が気になるところでしょう。この記事で紹介した距離や交通の情報は、観光局の公式サイトに掲載された時点のものです。旅の計画を立てるときは、現地の最新情報を改めて確認してください。

8つの寺院それぞれの伝説を、いくつかの資料で読み比べてみると、ひとつの物語がさまざまな形で語り継がれてきたことが見えてきます。その違いこそが、長く信仰されてきた寺院の奥行きを感じさせてくれるのかもしれません。

まとめ

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アシュタヴィナーヤカについて、この記事で見てきたポイントを振り返ります。

  1. アシュタヴィナーヤカはサンスクリット語で「8人のガネーシャ」を意味し、マハーラーシュトラ州のプネー周辺にある8つのガネーシャ寺院と、それらを巡る巡礼を指す
  2. 8体の像はどれも自然に現れたスヴァヤンブーの像とされ、鼻の向きや姿、伝説は寺院ごとに異なる
  3. 伝統的な順番はモールガオン、シッダテーク、パーリ、マハド、テーウル、レーニャードリ、オーザル、ランジャンガオンで、最後にモールガオンへ戻って巡礼を終える
  4. 信者の名前がついたパーリ、像に触れられるマハド、仏教の石窟の中にあるレーニャードリなど、それぞれに見どころがある
  5. ガネーシャ・チャトゥルティーやガネーシャ・ジャヤンティーの時期は特ににぎわい、石段の数や距離などの数字は資料によって異なる

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この記事を書いた人

神話や宗教文化を尊重し、資料を確認しながら背景と魅力を紹介する編集部です。

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